一、まず、今死んだ母の事を思い出していました。
私が大学受験の時に受験ノイローゼになり、突然受験生である私から慰められる母、・・・。
まあ、現役時代はそうでもありませんでしたが、地元の国立大学ぐらいは軽く通る成績、・・・。
しかし、母は突然、「九大に落ちるといわれた、・・。」と縁起でもないことをつぶやき、現実のものとなりました。
今思い出せば、担任の先生は一橋大学は難しい、しかし、九大だったら例年の成績ではまず、大丈夫、しかし、あんまり甘く見ると落ちるかもしれない、・・・。」と言われたのだったと思います。
しかし、母はある何かを感じていたのかも知れません。
地元の西南学院大学受験を言うと猛反対した母、結局その大学へ進学し、卒業しました。
二、次に、幼い頃を思い出します、私の父は海軍兵学校出身、九州大学法学部卒業の自衛隊初期幹部候補生でした。
長く、「あさぐも」の艦長をやっており、母は転勤についていけず、母方で私を育てる決意をしました。
そして、幼い頃は悪総坊主で、小学校に入るといじめが待っていました。
彼らの言い分は、平和教育、自分たちは平和主義と言うものでした。
とにかく、平和平和が好きな戦後民主主義、とにかく暴力を振るうと・・・・。
そして、激しいいじめにも係わらず、トップ校に入学すると、・・・・、途端にまたいじめが復活しました。
母は、そのことに気づいておらず、周囲はやっかんでいることに気づかずに言いたい放大言っていました。
しかし、中学校の時に体育が2だった関係上、運動が出来ないのは良くない家系、高校時代は運動部一色で、さあ、志望大学に進学しようか、・・・という矢先でした、・・・。
母は恐らくまたPTAとかのいびりを考えたのだと思います。
ちょっと実力を発揮すると恐ろしい戦後民主主義、彼らはなぜ、そのような個性を認めようとしないのか、・・・勤労勤勉、・・・。
私は母に八つ当たりしていました、そして、母は、ノイローゼ気味になっていました。
それから多少頭がおかしくなった、・・・。
まあ、就職して、会社を辞めて、母は帰って来た私を温かくは迎えませんでした。
何でも内緒でやるはは、・・・。
三、しかし、今、母の気持ちがわかったような気がしています。
まず、司法試験です、我々から見れば比較的簡単な試験、・・・いろいろなところで恐ろしさを感じました、・・・・これは合格してはいけない、また不幸が訪れる、・・・・。
そう感じました、・・・。
そして、今感じています、遂に出た「いじめ宣言」、みんなで仕事で干しています、これだけデマ流せば一件も仕事来ないでしょう。
ああ、いじめをやっています、どこが悪いんですか、・・・・。
要するに私だけ行政の仕事で食えているから頭に来てデマを流してやった、・・・と言っているのです。
私は、警察から、少林寺拳法部の後輩から「絶対に暴力だけは振るわないで下さい。」と言われ続けています。
いま、暴力団追放宣言がある行政書士会から出されています。
戦後民主主義、それは単なる暴力団じゃないか?
私は最初は教えてあげようと思いました、しかし、言う事を聞かないので席をけりました。
今、小学校時代を思い出しています。
思えば、高校はトップ校だったので、ひそひそ噂話をされるだけでした、・・・・。
しかし、、・・・・・これがバブル経済以後です。
四、しかし、今、彼らにとって致命的なことが起こっています。
今、オバマ大統領がヤクザをテロ団体指定したのですね。
昔、憲兵隊が分けもなく切り殺していたやくざ、・・・・人権だそうで。
日本の戦後の平和・人権、それは悪を助長すること、それだけ、・・・・。
被害者の事は手薄い司法、・・・・。
マルクスが理想とした道徳の国日本を、偽ユダヤの搾取から守るためにプロレタリアート革命を、・・・と言うのに、偽ユダヤのヤミ金の連中の為に道徳の国日本を破壊し続けた日本の左翼、学生運動家、・・・こういう悪魔にされないように、沖縄では自決を進めたのだと思います。
そしって「海軍省は国力が80倍のアメリカ合衆国との戦争をとめようとした、しかし、軍部から醸成された世論は開戦へ傾き、止まらなかった。」
しかも、「石油輸出を止められ、座して死を待つか、戦争か。」
この事は「環境と素質」を意味すると思います。
私はなぜか人生に勝った、・・・という思いがしています。
戦後民主主義大嘘つきです、軍部が勝手に戦争をやった、今、「おい、司法書士が何か言いようぜ、お前変わりに刑務所に行って来やい。」この言葉に象徴されています。
世界中の誰も平和主義とは考えない日本国民、バカとまで言われてもめげません。
一億総ヤクザ、・・・・これが今の日本なのです。
私は少林寺拳法部の後輩の警察官からもこういわれます「先輩、技かけると相手が死にますよ、新聞だけは載らないでくださいね、・・・。」私も自信はないのですが、・・・・。
しかし、私は良く我慢したと思います、あんな連中間違って殺して刑務所にでも行ったら大変です。
しかし、陸海軍部の子弟は文武両道、何をやっても成功する、しかし、彼らは、・・頭はぼんくら、運動はできない、喧嘩も弱い、聞いている事は人の揚足を取ること、人をだますこと、・・・。
完全な、身体障害者です、・・・・・。
なぜ、我々はいじめられるのか?
今、のろいを感じます、のろいそれは1997年まで確かに我々にあったのです。
そして、母は、・・・。
しかし、1998年からのろいは、・・・・彼らに来ているような気がしてなりません、・・・。
人間は平等?彼らは今まで日本の伝統に何をしてきたでしょうか?
以上
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